青函トンネルと電気機関車
青函トンネルの概要
青函トンネルは、津軽海峡の海底下100mを穿って設けられた本州と北海道を結ぶ延長53.85kmの長大海底鉄道トンネルで、交通機関用のトンネルとしては日本一である。


青函トンネル工事
 1954年(昭和29年)、台風による青函連絡船洞爺丸(とうやまる)沈没という世界的にも大きな海難事故を契機として建設計画が促進されました。

 1964年に工事に着手し、当初の計画では10年間で完成の予定が、海底部の掘削では4度の大出水事故による水没の危機を初めとした難工事の連続で34人もの犠牲者を出したが、様々な技術開発や工事関係者の努力と奮闘の末、1983年に先進導坑、1985年には本坑が貫通し、1987年に完成し、1988年に津軽海峡線の開業

 トンネル内は気温20℃で湿度は80~90%で、大部分の勾配は12‰(12パーミル=12/1000)、最深部は海面下240mで海底下100mです。常に海水がしみだしており、常時排水している。

津軽海峡線の開業と旅客列車
 1988年(昭和63年)に津軽海峡線として開業し、開業当初は青函連絡船の代替という目的であった事から、普通列車が運行され、海底にも非常事態に地上に繋がる竜飛海底駅吉岡海底駅が設けられ、延長が54kmにも及ぶ海底トンネルであることから排気ガスを排出しない電車や電気機関車のみで運転されていた。

        


 普通列車の他に、スーパー白鳥(八戸駅・青森駅 - 函館駅間)の789系電車が運転されていた。

 カシオペアや北斗星(上野駅 - 札幌駅間)等のブルートレインを牽引するために、JR旅客鉄道では、上野-青森間はEF510形青森-函館間はED79形電気機関車で、函館-札幌間はDD51形ディーゼル機関車の重連を採用していた。


北斗星 (北海道新幹線開業前まで運行) 東京駅-青森駅間 EF510形電気機関車 出力:3,400kW


北斗星 青森駅-函館駅 ED79形電気機関車
出力:1,900kW
  北斗星 函館駅-札幌駅間 DD51形ディーゼル機関車
出力:1,600kW × 2重連
 

貨物列車
 客車を牽引する機関車に対して、貨物用機関車では長いコンテナー台車を牽引するため、その2倍程度の牽引力を必要とします。

 1987年のJR移行で、JR貨物は直流電化区間では EF65 形・EF 66 形など多数の機関車を承継したが、景気拡大局面にあって輸送需要が増大しており、輸送力増強は喫緊の課題であり、EF66 形・EF81 形を一部改良の上で新造して賄いながら、並行して新型機関車の開発が進められ、各種の新技術を盛り込み、1990年3月にJRの機関車では最高となる 6,000 kW の出力で 1,600 t 牽引 ( 50 t ×32 両 ) を可能としたEF200形が日立製作所で完成した。

 輸送力増強が特に要求された東海道・山陽本線で使用を開始したが、当初計画された 1,600 t 牽引は各地の変電所の電力量を増力しなければならないことから実現せず、出力を制限して運用することとなり、製作は21両で終了し、以後の製作は運用コストの最適化を図った EF210形 に移行している。

 設計方針見直しの後、EF65・66形の後継機として、東海道・山陽線系統の 1,300 t コンテナ貨物列車運転拡大に充当する目的で高効率でハイパワー(3,400kW)の直流電気機関車EF210形が開発され、岡山機関区に配属されたことから、JRの機関車では初めて愛称公募で「ECO-POWER 桃太郎」が採用された。こちらは直流電源のみに対応しており、2016年の3月までは東北線の最北端の直流給電部である黒磯駅より南では毎日見かけることができていた。

 現在では、東海道・山陽線や首都圏各線区などで貨物列車をけん引している主力電気機関車です。
 那須塩原市東関根

 従来、首都圏-函館・五稜郭間は 直流機 - 交流機(重連または単機)- 青函用交流機(重連)と機関車の付け替えがあり、到達時間にロスが生じていた。

 これを解消してJR貨物の保有機関車数を削減する目的とともに、東北地方のED75形電気機関車や、津軽海峡線のED79形電気機関車老朽取替え用として出力4,000kWのEH500形電気機関車が東芝にて開発・製造された。

 EF210形
の6軸での駆動に対してEH500形では8軸での駆動であるために車輪の摩擦力を増やし牽引力を増加させている。
東日本大震災後の
がんばろうバージョン

マウスを乗せると
EH500の1号機が
表示されます


 那須塩原市東関根
 EH500形電気機関車は、日本貨物鉄道(JR貨物)が1997年から使用している三電源方式交流直流両用電気機関車であり、九州から北海道の電化区である函館まで走行でき、公募で決定した公式な愛称は、EF210形電気機関車の「ECO-POWER 桃太郎」と対をなす形で「ECO-POWER 金太郎」と命名されており、車体にロゴマークが描かれるが、こちらはマサカリを構えた金太郎のイラストまで入れられている。「キンタ」「金太郎」とも呼ばれる。 本形式は、日本国有鉄道(国鉄)時代に製造され、東海道本線で使用されたEH10形以来となる2車体連結・主電動機軸8軸使用のH級機である。

北海道新幹線の開業
   青函トンネルは、建設前から新幹線の運行を念頭に設計されており、3本のレールで狭軌(1067mm)と標準軌(1435mm)に対応した構造になっている。

 1016年3月26日の北海道新幹線が函館北斗まで開業に先立ち、青函トンネル(全長:53.85 km、海底部:23.30 km)を含む新中小国信号場 - 木古内駅間の82.1 km区間が三線軌条となり、在来線との共用走行となり、制御系統や信号系統も新幹線規格に変更し、架線電圧も在来線の20kV(50Hz)から新幹線規格である25kV(50Hz)に変更されました。

 下記の写真はスノー・シェルター内に設置された、新幹線と在来線の切り替えポイント(手前が共用区間で三線軌条、奥の中央2列が標準軌の新幹線、両脇が狭軌の在来線) オンマウスで一部を見やすく消しています


 北海道新幹線(新青森・新函館北斗間)が開業し、日本の国土を一体化させた意義は大きく、日本の20世紀遺産20選にも選ばれています。



 トンネル内には上り下りの区切り構造がないため、トンネル内でのすれ違い時の風圧による横揺れを減らすため、新幹線はトンネル内を含む共用区間では160km/hに減速走行している。

         
 

青函トンネルを通る電気機関車
   青函トンネルと共用区間では、信号系統や架線電圧が新幹線規格に変更になったため、従来は九州から函館までの全ての電化区間で運行されていた『EH500形の電気機関車』は北は東青森までの運転となり、東青森-函館五稜郭間は、新幹線規格や在来線規格両方に対応し、新しく開発された『二電源交流方式(20kV/25kV)電気機関車EH800形』に交代しました。

 EH800-15号は、那須塩原駅の手前でディーゼル機関車に牽引されているのを北海道新幹線の開業前(2016/02)に偶然見たが、自動車を運転中のため、その時には写真撮影はできなかった。黒磯駅から北は交流なので、その後は自力で五稜郭機関区まで行ったと思われます。


 五稜郭以北の貨物運輸
   五稜郭までは電化区間であったが、五稜郭-室蘭間は非電化区間となり、前記の豪華寝台列車である北斗星やカシオペアではディーゼル機関車DD51の2重連を使用していたが、JR貨物では1992年からディーゼル発電機を搭載した電気機関車「電気式ディーゼル機関車『DF200』」を採用し省エネ化を計っている。


 北海道新幹線開業後
    EH500形電気機関車「金太郎」は、JR貨物の仙台総合鉄道部に67機配属されているが、東青森-五稜郭間160kmの上下51本分の仕事を失った。
 交直両用であることから黒磯以南でも引き続き運転するようになり、それまでは黒磯以南の直流電化区間を共に走っていた直流専用のEF210形電気機関車「桃太郎」は、黒磯駅-宇都宮貨物ターミナル駅間の東北線からは撤退したようです。EF210形電気機関車「桃太郎」は、宇都宮貨物ターミナルまででも1日5往復程度しか来ていない。

 ご参考
   「桃太郎」の愛称は長らく存在したものの、EH500形電気機関車の側面に施されている金太郎のようなイメージキャラクターは当初は無かった。2020年2月以降に新製される車両からは、側面(両面1か所ずつ)に桃太郎とその家来(サル・イヌ・キジ)を描いたイメージキャラクターのラッピングが施されている。また、2020年10月には108号機と312号機にイメージキャラクターのラッピングが施され、以降もキャラクターのラッピングが実施されている。


 国鉄民営化後のJR貨物の 新世代の交直流電気機関車をめぐっては、1990年に川崎重工業・三菱電機がEF500形電気機関車、1992年に日立製作所がED500形電気機関車を提案して試験を行ったが、JR貨物の要求と合致せず、東芝が提案したEH500形が受注を獲得した。

 以後、東芝はEH500形を大量生産しただけでなく、EH500形をベースにEH200形直流電気機関車やEH800形交流電気機関車を開発した。

 一方、川崎重工・三菱電気グループはEF510形交直流電気機関車を開発するが、日立は電気機関車事業自体から撤退してゆくこととなった。